ロジャーズのイノベーター理論と普及研究 —要点まとめ—
前々回、米・スタンフォード大学の社会学者、エベレット・M・ロジャーズ教授について触れました。
イノベーション研究に大きな影響を与えた人物を5人挙げるならば、ロジャーズは間違いなくそのうちの一人です。
普及学の権威である氏の著書「イノベーション普及学 (イノベーションの普及)」はイノベーションがどのように伝播していくのかを解明したもので、初版刊行から40年立ってもなお改版を重ねる名著です。
以下に、その普及研究の大枠をまとめました。
- イノベーター理論と普及率16%の論理
ロジャーズは、イノベーター理論とそれに関する普及率16%の論理が有名です。
イノベーター理論とは、イノベーションの普及に関する理論ですが、そこでロジャーズは、新しいアイデアを採用する早さの度合いに基づき、採用者を5つのカテゴリーに分類しました。
イノベーター / アーリーアダプター / アーリーマジョリティ / レイトマジョリティ / ラガード の5つです。
「イノベーター」や「アーリーアダプター」と言った言葉は耳にする機会が多いかもしれません。
イノベーター理論は、マーケティング担当者が参考にすることが多いためか、「消費者の商品購入に対する態度を新しい商品に対する購入の早い順から・・・」という記述のされ方が目立ちます。
理解はしやすいのですが、意味を絞っているために誤解を招くと言わざるをえません。
商品を購入する消費者ではなく、あくまで「新しいアイデアを採用する採用者」と捉えておくほうが適用できる範囲が広がるためより有益だと思います。
以下がイノベーター理論の概念を図にしたものです。

5つのカテゴリに区分された採用者の比率は図のような釣鐘状の曲線(ベルカーブ)で表されます。
かつて、採用者カテゴリーの名称は無数にありました。
イノベーターにあたる最も革新的な採用者ひとつとっても「進歩主義者」「高度試行者」「実験者」「灯台」「先進的偵察者」「超採用者」などと呼ばれ、その混乱から、採用者カテゴリーやカテゴリー化手法の標準化が叫ばれていました。
そこで確立されたのがこの、普及率の累積表示であるS字型普及曲線に基づいた採用者カテゴリーの分類方法です。
普及過程には時間要素があり、それにそって採用者カテゴリーが分類されました。
S時型普及曲線とベルカーブの違いは、データの表示方法の違いに過ぎません。
図を見ると、イノベーターとアーリーアダプターの合計である普及率16%のラインを超えたあたりから普及が急激に加速するため、アーリーアダプターへの普及がアイデアが普及するためのポイントとなります。
ロジャースはこれを「普及率16%の論理」として提唱しました。
普及率がおよそ10%から20%の間は普及過程の確信であり、普及離陸期と呼びます。
- 5つの採用者カテゴリー
以下、5つの採用者カテゴリーの特徴です。
「イノベーションの普及」をベースに、ジェフリー・ムーア「キャズム
」も参考としています。
1. イノベーター
・新しいアイデアへの感心が高く、冒険的。
・採用するアイデアが信頼できるかどうか、便益をもたらしてくれるかどうかは問題ではなく、新しいアイデアを最も早く体験/習得することに関心がある。
・ハイテク関連に限定すれば、別名テクノロジー・マニアと呼ばれる。
2. アーリーアダプター
・初期採用者であり、尊敬の対象。
・イノベーターと比較し、より地域社会システムに根ざした存在で、最も高いオピニオン・リーダーシップを有している。
・イノベーターほど先進的すぎないことから、多くの人の役割モデル(参考)となる存在。
・周囲の人間にとっては、イノベーションを採用する際に「確認すべき」個人。
・イノベーターが新しいアイデアそのものを求めるのに対し、アーリーアダプターが価値を見出す対象はアイデアがもたらす結果。
・アイデアの採用によるブレイクスルーが期待できるならば、リスクを負う覚悟がある。
3. アーリーマジョリティ
・初期多数派であり、慎重派。
・アイデアの採用に関しては飛躍を求めず、着実な進歩を望む。
・リスクという言葉は否定的な意味合いしかもたないため、極力回避につとめる。
・アイデアの採用に際しては、他の人間がそれどのように使いこなしているかを必ず知ろうとする。
4. レイトマジョリティ
・後期多数派であり、懐疑派。
・拠り所とするのは進歩ではなくこれまで守ってきた慣習であるため、本質的に持続的でないイノベーションは受け入れない。
・懐疑的かつ警戒の念をもちながらイノベーションに接近するため、周囲の殆どが採用し、不確実性の大部分が取り除かれていなければ採用しようとはしない。
5. ラガード
・因習派。「ラガード」=「のろま」
・イノベーションを最後に採用するグループ。
・資源は限られており、おぼつかない経済状態などから、採用以前に「うまくいくことが確実」となっていなければならない。
- 採用者カテゴリーの特質
ロジャーズは、採用者カテゴリーの特質について、研究結果を社会経済的地位 / 人格 / コミュニケーション行動 の三つの観点から一般化しています。
あくまで一般化したものであるため、全てに当てはまるわけではありません。
1. 社会経済的地位
初期の採用者は後期の採用者と比較し、
・長期の学校教育を受けている
・読み書き能力が高い
・社会的な地位が高い
・社会的流動性が高い
2. 人格
初期の採用者は後期の採用者と比較し、
・感情移入力(他の人の役割に自らを投影する能力)が高い
・独善的なようである
・抽象概念に対処する能力が高い
・合理性をもっている
・知性的である
・変化に対して好意的な態度を持っている
・不確実性やリスクに対処する能力がある
・科学に対して好意的な態度をもっている
・運命論者ではない
・向上心が強い
3. コミュニケーション行動
・社会参加することが多い
・人との繋がりが強い
・所属する外部の社会システムへの志向が強い
ロジャーズは、これらの差異を、それぞれに異なったコミュニケーション・チャネルあるいはメッセージを使用する戦略(オーディエンス・セグメンテーション)に活用できると述べています。
- 補足:キャズム理論
アーリーアダプター、つまりオピニオン・リーダーによる採用が普及過程の核心だとしたロジャーズですが、アメリカのマーケティング・コンサルタントのジェフリー・ムーアは、そこには重大な見落としがあると言いました(ハイテク産業に関して)。
ムーアは、5つの採用者カテゴリーの間には、それぞれの特性が異なるために普及に際して落とし穴となる溝があることを指摘しています。
特に、イノベータやアーリーアダプターで構成される初期市場と、アーリーマジョリティで始まる主流市場の間には容易には越え難いキャズム(深い溝)があると言いました。
このキャズムを超えれるかどうかが、成功か失敗かを大きく左右します。
キャズムは、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの共通点が少ないことからきています。
アーリーアダプターは変革のための手段を求めるのに対し、アーリーマジョリティーは改善や進化のため手段を求めます。
いくつかの有用な先行事例が必要なアーリーマジョリティにとって、変革を目的としたアーリーアダプターの採用事例は適切な先行事例になり得ないというのがムーアの主張です。
ちなみに、このような主張をしたムーアに対し、ロジャーズは以下のような反論をしています。
革新性という連続体のうちで、五つの採用者カテゴリー相互間に明確な断絶が起こることはない。
それにもかかわらず、「イノベーター、初期採用者」対「初期多数派、後期多数派、ラガード」の間には不連続が存在すると主張する研究者がいる。
これまでの研究には、採用者カテゴリー間に「キャズム(深い溝)」が存在するという主張を裏付ける知見はない。
そうではなく、革新性が適切に測定されるならば、それは連続的な変数であって、(各カテゴリー間には重要な違いはあるが)隣接する採用者カテゴリー間には明瞭な断絶や不連続は存在しないのである。
とは言え、「キャズム」がハイテク業界のバイブル的ポジションにあることを考えれば、間違いとは言い難いところです。
- イノベーションの普及速度に影響を及びす5つの知覚属性
「DJのプレイスタイルにおけるイノベーション普及考」にて一部触れましたが、ロジャーズは、以下のイノベーションの5つの属性に対して個人がどう知覚するか、その度合いにより普及速度が予測できると言いました。
1. 相対的優位性
既存のアイデアよりよいと知覚される度合い
採用速度と正の相関
2. 両立可能性
既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと近くされる度合い
採用速度と正の相関
3. 複雑性
理解や使用が困難だと知覚される度合い
採用速度と負の相関
4. 試行可能性
(試しに)経験できる度合い
採用速度と正の相関
5. 観察可能性
成果(採用の結果どうか)が他人の目に触れる度合い
採用速度と正の相関
ロジャースの提唱しる知覚属性としては以上5つですが、再発明(利用者によって変更あるいは修正される度合い)、 イメージ(採用者個人の地位を高める度合い)なども普及速度に影響を与えると言われています。
- イノベーション決定における5段階モデル
イノベーションの決定過程は概念的に以下の5つの主要段階に区分されます。
「イノベーション決定過程は情報探索活動ならびに情報処理活動であって、人はイノベーションに関する不確実性を徐々に減少させるために情報を獲得する」というのがロジャーズの主張です。
先程の採用者カテゴリと関連づけた場合、初期の採用者ほど、不確実性に対して寛容な傾向があります。
- コミュニケーション・チャネル
コミュニケーション・チャネルとは、アイデアが発信源から受け手へと伝わる経路のことを言います。
イノベーション採用の際には、「採用が良い結果をもたらすか分からない」といった不確実性を減少させるべく、人はコミュニケーション・チャネルにより情報を探索、処理しています。
ロジャーズは、コミュニケーション・チャネルを以下のように区分しました。
1. マスメディアと対人
マスメディアと対人は言葉のとおりなので、説明不要かと思いますが、マスメディアから情報を得るのか、直接人から情報を得るのかで区分しています。
2. コスモポライトとローカライト
コスモポライト・チャネルとは、「所属するコミュニティ外部の情報源との接触経路」のことを言います。
ローカライト・チャネルとは、「所属するコミュニティ内部の情報源との接触経路」のことを言います。
それぞれの特徴は以下のとおり。
1. マスメディア・チャネル
・イノベーションに関する知識を伝えるのに有効
・相対的に知識段階で重要
・後期の採用者よりも初期の採用者に対して、相対的に対人チャネルよりも重要
2. 対人チャネル
・個人を説得して新しいアイデアを受け入れさせるのに有効
・相対的に説得段階で重要
3. コスモポライト・チャネル
・イノベーションに関する知識を伝えるのに有効
・相対的に知識段階で重要
・後期の採用者よりも初期の採用者に対して、相対的にローカライトチャンネルよりも重要
4. ローカライト・チャネル
・個人を説得して新しいアイデアを受け入れさせるのに有効
・相対的に説得段階で重要
通常、イノベーションを新規に採用する場合、マスメディア等を通じて情報収集を行い、身近で既にそのイノベーションを採用している友人や同僚に意見を聴くことで採用を決定するという流れを辿ります。
「あ、iPad買ったんだ!どう?やっぱいい?ネットとかで色々調べたんだけど迷ってるんだよね〜」といった会話は、決定に至るまでの態度形成にローカライト・チャネルや対人チャネルが重要だということを如実に表しています。
仮にこの問いかけへの返答が「う〜ん、微妙だな〜。結局あんまり使ってないよ」だとしたら、仮にメディアでの評判がよくても購入を見送ることになると思います。
不思議なものですが、遠くの知識豊富な専門家の意見よりも、身近な素人の意見が優先されるものです。
口コミを利用したバズ・マーケティングのような手法は、このような特性に注目した結果なのだと思います。
ロジャーズの普及研究について、まだまだ触れていない部分は多いですが、大枠はこのようなものです。











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2011 年 6 月 2 日 11:13 PM posted by May+ » Blog Archive » 「日本語からたどる文化」の通信指導