DJのプレイスタイルにおけるイノベーション普及考

お久しぶりです。
デザイナーとしてイノベーティブなことがしたいという願望があって、種になるアイデアがあっても、それをどう実現して採算をとっていくのかがノーアイデアでは意味がありません。
新しいアイデアを世の中に出してやっとスタートラインに立ったのだという意識が必要です。
製品として劣っているものに優れているものが駆逐されてしまうことが稀ではありません。
その屍を乗り越え、どうしたら多くの人に買ってもらい、使ってもらえるかを考える、これは大事だと思います。
というわけで、「新しいアイデアがどうしたら普及するのか」。
在学中にDJをしていた経験から、そこで起こったことをケースとして取り上げます。
- DJをレコード離れさせた革新的アイデア
私が物心ついたときには最早、家庭で音楽を聞くのにレコードというのは一般的ではなかったし、カセットテープかCDでした。
小学校の頃には主要なメディアはCDになっていた記憶があります。
同年代と話すときに「はじめて買ったCDは…」なんて言葉が出るのがその証拠。
もっと早く生まれていれば、「はじめて買ったテープは…」とか、「はじめて買ったレコードは…」という言葉だったに違いありません。
このように、家庭ではCDで音楽を聴くのが当たり前だった一方で、DJとレコードは切っても切りはなせない関係にあり、相変わらずクラブでかかる曲はレコードでプレイされていました。
CDJというお手軽な製品は世に出ていましたが、レコードのほうが「直感的に操作しやすい(インターフェースとして秀逸)」とか「CDJじゃパフォーマンス性が足りないのでエンターテイメントとしてはどうか」といった理由から使い物にならないという見方が大方で、DJ達の食いつきもあまり良くなかったのです。
食いつきがあまり良くなかった理由は他にもあります。
音源の不足がそれです。
意外かもしれませんが、クラブミュージックではCDよりもレコードのほうが圧倒的な選択肢の多さを持っていました。
大ヒット曲の場合、レコードではリミックスが何種類もリリースされますが、CDではリリースされません。
オリジナルに聞き飽きてきた頃にリミックスが登場することでブームが持続するようなことがよくありましたが、もしCDに頼っていたらそれをかけることは不可能でした。
また、レコードの場合は正規リリースの前にプロモ盤というのが出回ります。
読んで字のごとし、プロモーション盤なので、一般的に認知される前段階で新曲が手に入るわけです。
かけて何コレ!?という驚きがある曲は基本的にレコードでしか手に入らないと言ってもいいぐらいだったと思います。
実際、CDJにプレイスタイルを移行する人はあまりおらず、CDJは基本的にダンサーの音源再生専用といった状態でした。
そんな中では、私自身「なんだかんだでアナログは無くならないよ」なんて思っていました。
ところが、状況は急速に変化します。
2008年のCISCO RECORD閉店を筆頭に次々とレコード屋が廃業していきました。
大学院を卒業する頃には、クラブにレコードを持っていくと、「レコード使ってるんだね、珍しい」なんて言われる始末です。
何が起こったのか。
CDJがアナログレコードに取って替わったわけではありませんでした。
PCDJというプレイスタイルが急速に浸透し始めたのです。
CDJへの移行があまり進まなかったなかで、PCDJが急速に普及しはじめた理由は何か。
前述したとおり、CDJが音源の持ち運びという点では圧倒的に優位にあるにもかかわらず、あまり普及しなかった理由のひとつは操作性の悪さにありました。
だとすれば尚更、PCDJと聞くと操作性でより劣った印象を受けます。
実際、初期のDJソフトというのはマウスとキーボードで操作するような陳腐なものでしかありませんでした。
しかし、2003年にFinal Scratch、2004年にはScratch Liveという画期的なシステムが登場たのです。
これらのシステムにより、ミキサーをソフトウェア内部ではなく外部化することで実際のDJミキサーをインターフェースとして利用できるようになりました。
そして更に、アナログレコードをもインターフェース化(タイムコードコントロール)し、PC内の曲を操作できるようになりました。
簡単に言えば、インターフェースとして準備された専用のアナログレコードをスクラッチすれば、PC内の曲が連動してスクラッチされる仕組みです。
これによりアナログレコードの操作性とパフォーマンス性、デジタルの可搬性、検索性が共存できるようになったのです。
- PCDJの相対的優位性
イノベーションの普及速度は、ユーザーにそのイノベーションがどう知覚されるかに左右されます。
普及学の第一人者エベレット・ロジャーズは、イノベーションの採用速度を左右する五つの知覚属性について言及しました。
その知覚属性で最も分かりやすいのは相対的優位性だと思います。
イノベーションが既存のアイデアよりも良いものであると知覚される度合いが高ければ高いほど、その採用速度は早くなります。
CDJの場合、可搬性といった長所はあったものの、操作性で劣っていると認識されたため、結果として普及があまり進みませんでした。
DJの目的は場を盛り上げることであり、そのためには最高のパフォーマンスを発揮できなければなりません。
この価値基準でみると、可搬性のために操作性を犠牲にはし難い面があります。
対してScratch LiveなどのPCDJはアナログレコードの操作性はそのままに可搬性を大きく向上させました。
また、ここ数年の間に低価格での音楽ダウンロード販売が一般的になったことで価格での優位を得られたこともPCDJを大きく後押ししています。
- PCDJの両立可能性
ロジャーズは、イノベーションの採用速度を左右する知覚属性の1つとして、両立可能性についても言及しています。
両立可能性とは、イノベーションが既存の価値観、過去の体験、そして(潜在的)採用者の必要性と相反しないと知覚される度合いのことです。
CDJがもたついている間に、PCDJがあっという間に広がった理由はこの両立可能性で説明可能です。
音源はPCに移管しつつも、アナログレコード+ハードウェアミキサーという既存の世界観、操作体験を否定せずに新技術と共存させることによりユーザーにイノベーションのスムーズな採用を促しました。
加えて、PCDJの両立可能性は慣れた操作感を踏襲することだけではありません。
大袈裟かもしれませんが、レコード+ターンテーブルから、CD+CDJへの移行はDJにとって資産の放棄を意味します。
血眼になって買い集めてきた希少なレコードは、他のDJに対して優位性をもたらしてくれます。
DJにとって重要な経営資源であるレコードの放棄は、必死で貯金してきたのに、突然貨幣の価値が無くなってしまうようなもの。
そうやすやすと受け入れられるものではありません。
いわゆる「既得権益を守る」という言葉がぴったりな気がします。
「既得権益ヲ放棄セヨ」なんて主張するのであれば、ちゃんと「のりしろ」を用意しないといけません。
まあ、これが難しいんですけどね。
Scratch Live などのPCDJシステムは従来のレコードとも共存可能でした。
CDJ敗北の背景には、この「のりしろ不足」があるのだと思います。






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